何故

何故、目眩がでたんでしょうか。

昨日、過去の鬱状態の記憶を思い出すに当たって、精神にストレスを与えてしまったのでしょうか。

忘れなきゃいけないことは、思い出してもいけないってことなんでしょうね。

自分が思う以上に、自分のメンタルは傷つきやすいのでしょう。

気をつけねば。

現状

下から上から、とりあえず出して、気持ち悪さは治まりました。

目眩は相変わらずです。

横になると目眩が激しくなるので、椅子に座って瞑想しておきます。

目眩が

買い出しから帰ってきました。

目眩が酷くて気持ち悪いです。

横になると目眩がするので結構辛い。

どうやったら治まってくれるんだろう。

目眩に襲われて

オハヨウゴザイマス。

今日はレム睡眠中(意識が半覚醒)に、傾頭性目眩が起きてしまいました。

これが起きると、横になっていても目眩で天地が解らなくなります。

おまけに気持ち悪い。

知らず知らずのうちに鬱状態なっていたのかも知れません。

そういや2ヶ月近く写真を撮りに出ていないから、ストレス溜まってるのかな。

この期間中、睡眠薬を飲んでも、一時間半毎に目が覚めるのが続いていたからね。

暑さの所為じゃなかったんだろうね。

夢を細々と見ます

細々と夢を見ます。

アナタの夢を見るのですが、ちょっと困っている夢です。

それじゃあ、ダメじゃん。

アナタの笑っている夢を見直します。

またよこになります。

お休み

お休み

今日もアナタの想いを胸に抱いて

りんごパン食べたい

某お嬢様がお召し上がりになったそうで。

ああ、りんごパン食べたい。

四度も経験すると

私は、自分の鬱状態を自分で把握できる珍しいタイプだそうです。

鬱状態を四度も経験すると、いい加減、我慢したり、努力したりするのが嫌になります。

もう自由に生きさしてください。

やりたいことがありました。

35歳までに独立して、50歳には誰かに会社を譲り渡して、それを元手に喫茶店を開いて、喫茶店には自分で撮った写真を飾って、ていう夢がありました。

でも、それに向かう努力をするのも、正直、しんどいですし、面倒くさいです。

モチベーションが湧かないです。

人を疑うことを知りませんでした。

人をすぐに信じてしまい、人間に裏切られ、人間不信になって、人間嫌いになっておりますが、それでも本当はさみしがり屋なのです。

誰かを抱きしめたいのです。

四度目は

四度目は、2012年の夏から2013年の2月。

三度目の鬱状態から、日常生活が出来るまでに回復したので、2012年の年初から就職活動を行った。

なかなか就職が決まらなかった。

7月、とある医療法人の事務職でPC関係担当(募集にはホームページの管理とだけあった)で正社員で募集があったが、なぜか3ヶ月の見習い期間は契約社員ということで、採用が決まった。

入ってみると、設備補修、電気製品の修理、掃除、調理補助、介護補助、受け付け事務、毎月の施設新聞の発行、ホームページの製作管理、施設のOAシステム開発、介護タクシー運転手などなどの仕事が待っていた。

施設のOAシステム開発には、まいらされた。

他社が売り込んできた提案書を元に、これと同じシステムを作れとの理事長命令。

提案書はざっくりとした概略のシステムの特徴が書いてあるだけ。

それを元に概要設計を行い、概算見積もりをだすと、およそ30人月の工数が必要となることが判明。

30人月とは、1人で開発を行うと30ヶ月の期間を要する。

三度目は

三度目は、2009年の夏から2010年の正月にかけて。

2009年の6~7月にかけて、使い物にならない社員をあてがわれて、面倒を見るように指示されたが、本当に使い物にならずに、任せた仕事を全てやり直すのに8月、9月と社内工数(人件費)を掛けてしまい、サービス残業で尻ぬぐいをだいぶやった。

早々に取り戻したはずなのに、会社側はそのコストについてだいぶ五月蠅く追求してきた。

10月、直上の上司が鬱になって配置換えが行われた。

私が、プロジェクトリーダーになった。

当時、1日に3人分の仕事量(リーダーの仕事、商品開発の仕事、工程管理・製品チェック・納品管理)があてがわれていて、一日15時間(通勤と休憩込みで拘束時間は19時間)の仕事をサービス残業でこなしていた。

当然、土日の休みなんてなかった。

そんな状況でも、コスト削減と称して、派遣社員を次々と切っていった。

やがて、対顧客の業務に支障が出始めてきたので、再三にわたり、人手が足りないことを上申してきたが、受け入れられなかった。

11月、12月の段階で、月の残業時間が160時間を超えていた。