吉川八幡宮当番祭
地元の祭りで、県の三大祭りに数えられる吉川八幡宮当番祭が始まりました。
今年は、昔の同窓生の子供が南の当番様になったようです。
詳しくは上のリンクを見ていただくとして、吉備中央町(旧賀陽町)の吉川地区を吉川八幡宮から南北に分けて二名の当番様を立て行われます。
吉川地区(旧上房郡吉川村)の南は、東刈尾(ひがしかりお)、西刈尾(にしかりお)、藤田(ふじた)、黒山(くろやま)、河内田(かわうちだ)、唐人山(とうじんやま)、北は、北正行(きたまさゆき)、南正行(みなみまさゆき)、布郡(ふごおり)、小茂田(こもだ)、西庄田(にししょうだ)、千木(せんぎ)の部落(村より小さい集合体の意)に分かれています。
四~六年おきに当番様の担当が回ってきます。
今の祭りの形態になったのは江戸時代だと思うのですが、大名行列になぞらえた行列を組み、当番様の担当の氏子の家から、八幡宮まで行脚します。
当番の年ではなくても2年おきぐらいに何かしらの役があり祭りに出なければなりません。
昨年は体調不良のため弟に御輿担ぎを頼みました。
その前の年は、私の住む地区が当番の年で、当番、太刀持ち、守(もり)、介添え、手振り、脇立といった役があるのですが、脇立をやりました。
それより八年前は、守(もり)をやりました。
まさに当番様の守り役です。
その年は馬を引く馬子が泥酔したため、あっちにふらふら、こっちにふらふらして、大変でした。
二年前の当番祭では、馬が崖から滑り落ち、当番様は落馬し、馬と一緒に崖を落ちたため、あわや大惨事となるところでしたが、当番役の子供は頭を打ちながらも、とっさに横に逃げたため、馬の下敷きにならずに済みました。
結局、頭を打ちながらも頭を縫う程度の怪我で済みました。
現場に居合わせましたが、馬に当てられる恐怖感と事故が起こったことへのショックから、完全に固まって何もできませんでした。
当番祭に参加すると、本祭では、朝からひたすら酒を飲まされるので、弱い人はあっというまに泥酔してしまいます。
本社にあがってからも、ひたすら飲まされます。
昼飯は、白米と赤飯のおにぎりと吸い物、そして酒です。
本社から氏子の家に引き上げてからも、晩飯と酒です。
本社では陣屋が組まれるのですが、そこには吉川の氏子集から当番様にお菓子が奉納されます。氏子集には振る舞い酒と餅が返されます。
お菓子は地区の小学校に贈られます。
昔はそれが楽しみでしたけど。
10月26日に行っていた本祭は、10月の第四週の土日に移され、会社勤めをしている氏子も出られるようになりました。
10月26日だったときは、小学校は休校となっていたので、祭りが非常にうれしかった記憶があります。
それも20数年も前の話ですね。
近年、この祭りも私が子供の時に比べると、ずいぶんと寂しくなってしまいました。
当番祭の主役は小学校の中高学年の男児ですから、過疎化が進んだ農村では仕方のないことではあります。
また当番様の選出にも、地域の力関係があり、くじで当選していても当番様になれないことがあるようです。
私が小学生のときに、私がなるはずだったと、どうやらもめたらしいですが。
そういったものがあると、結局、面倒くさくなって参加しない氏子も多くなります。
いろいろある祭りですが、私としては、もっと祭りを楽しむ方向でちゃんと残して行ければと願っています。
今年の本祭は、10月26日(日)なので、近くを通ることがなくても是非きてみてください。