アインシュタイン記念日

今日はアインシュタイン記念日だそうです。

何故でしょう。

高校生の時に電子工学科を諦め掛けていたときに、アインシュタインロマンという番組を見て、素粒子、量子力学に興味を持ち、大学の専攻を物理学に進路を決めました。

当時は、まだダークマター仮説が出る前で、最先端の物理学は素粒子物理学でした。

高校時代には受験勉強の合間を縫って、独学で特殊相対性理論までは理解してました。

受験勉強のモチベーションは、素粒子の追求でした。

バブル崩壊直後の受験戦争、就職氷河期の時代に、純粋に学問をしたいだけで大学を受験しました。

センター試験の配点で「英語」がなかった高知大学の物理学科を受け合格。

それ以外の大学は情報科学だったかな。

大学に行って3年次の研究室配属で、統計量子論の純理論の研究室になりました。

実は、他の研究室より難しすぎて希望者がいなかったので、すんなり配属されました。

研究室の講義内容は、素粒子論の英語論文を読み込んで、方程式を検証することが殆どでしたが、英語がネックになりました。

方程式は研究室で唯一、一人で解くことが出来ましたけれど。

おかげで英語が殆ど読めませんでしたけれど、成績は「優」でした。

しかし、1,2年次の必修科目である「英語」、「ドイツ語」、「哲学」の3つを全部落としまくっていたので、卒論資格はありませんで、5年次終了時点で退学勧告を受けて、中退しました( ̄∇ ̄)

 英語、ドイツ語などの外国語の長文を見ると、実は目眩と吐き気がするんですよね。

なんか病気かもしれません。

哲学は、自然科学全否定の教授の授業を受けたため、拒否反応が出てしまいました。

他の同級生は平気だったのが不思議です。

英語をいくら頑張っても出来ないのは、選択肢を失って仕舞う原因でした。

でもこればっかりは生まれ持っての能力の限界だったのでしょうね。

高校生2年生の時に急について行けなくなって、自分の弱点だと認識していたので、通信教育で英語だけを受講して一生懸命やったんですが、改善しませんでした。

他の教科は、上位成績だったのに、英語だけ赤点とか、本当に異常でした。

英語がなければ、有名国立大に行けるレベルなのにね・・・。

で、アインシュタインも英語が致命的に出来なかったので、後妻に翻訳して貰っていたそうです。

そして数学も苦手だったらしく、一般相対性理論の方程式は、友人の数学者に作って貰ったのです。

アインシュタインの様な偉業は私には成せないでしょうが、夢を追いかけたその足跡をちょっとだけ。

本当は、物理学者になりたかった。