考古学と生物学と歴史

さっぱりしてきました。

アブラギッシュな顔がすべすべ。

扇風機の風で涼み中。

前方後円墳の初期の物が発見されたニュースがあったらしいです。

2世紀中頃に作られた物で、日本の大和朝廷の成立が、これまでより80年ほど前倒しになったようです。

大和朝廷が1880年+数百年前に成立したと考えられると言うことで、日本書紀に書かれた建国から2676年と言われる今年ですが、あながち日本書紀も馬鹿に出来なくなるということです。

前方後円墳は大和朝廷の支配下にあった地域で見られる物で、九州南部、吉備の国などの作り方が複合して出来た物です。

僕らが子供の頃は、朝鮮半島から渡ってきたと教えられましたが、朝鮮半島の前方後円墳は、時代が新しく、日本から作り方が伝わった物であることが証明されているそうです。

ミトコンドリアのDNA解析で、4万5千年前の第1期ホモサピエンス大移動でインド洋、南シナ海経由で沖縄を経て2種類の人種(M130系、M174系)が日本列島に入ってきて、それらが残り縄文人と弥生人になっています。

M130とM174の混血が今の日本人です。

そのうちM174系のグループが朝鮮半島に渡り、モンゴル、チベットへと流れていき今のチベット人となっています。

M130系は千島列島を渡り、北米大陸へと流れていっています。

第2期ホモサピエンス大移動があった1万5千年頃に新たに中国大陸に入ってきた人種(M122系)が、中国人、朝鮮人になっています。

なので、ユーラシア大陸東部と日本とではまるで言語体系が違うのです。

日本には縄文時代には稲作があったことが既に分かっているので、文化的に朝鮮半島から入ってきたとは考えられないことも分かっています。

つまり朝鮮半島で見つかる古墳や八咫烏などの遺跡は、日本から百済に向けて技術や文化が輸出されていたということです。

朝鮮半島から得る知識がなかったので、大和朝廷は遣唐使や遣隋使を南京へ送っていたのも道理です。