縄文理念?

最近、縄文ブームらしいですね。

岡本太郎も縄文文化をフューチャーしてましたよね。

戦後、縄文時代の遺跡がたくさん発掘されて、科学的分析が行われるようになって、弥生時代よりも人々の暮らしは豊かで、装飾品や芸術品に溢れ、それらを専門で作る職人もいて、整備された村、水田、水路などが発達していて、1万2千年前には漆が栽培されていて、8千年前には漆塗りの櫛が一般庶民の女性が身につけていたことが分かっています。

特に最高級の工芸品として作られていたのは翡翠の勾玉でした。

翡翠は硬度6.5で鉄は5.5らしいです。

鉄器がない時代ですから、ケイ素の粉を使って研磨していたそうですが、翡翠の勾玉を1つ作るのに大人の男性が一人で作業しても2年掛かるそうです。

また直径2メートルもあるような木材を切り出して束ねて柱にした木造建築の基礎部分も見つかり、切り出した方法も分かっています。

表面を火で焦がしては石器で削るのを繰り返して途方もない時間を掛けて斬り倒しているのです。

縄文時代の社会システムとして農民、装飾品を作る職人、建築を行う職人などの分業制が成立していたことが分かります。

また2万年前から3千年前の1万7千年も村々が共存し戦争をせずに平和に暮らしていたことが、人骨の傷や埋葬品に武器に関する物がないことや、刃物は小動物用の小さな鏃や木を切るための斧などしか見つかっていないことで、分かってきています。

稲作は1万2千前には日本にあったことが分かっています。

稲は日本に自生していたことも分かっています。

7300年前に今の口永良部島があるところで日本最大の火山噴火が起きます。

このときの火山灰は青森や北海道の地層にも見て取れます。

九州南部一帯にいた縄文人が大陸に渡っていったことがDNAの研究で明らかになってきました。

もしかしたら、黄河文明よりも前に存在した約7千年前に始まったとされる長江文明に稲作を伝えたのは縄文人だったのかも知れません。

そう、今の日本人にはネアンデルタール人のDNAが少し残っているそうです。

他の人種には見られないそうです。

日本以外の場所ではクロマニヨン人によってネアンデルタール人は滅ぼされています。

極東の端の狭い島に辿り着いた人達は、生きて行くには共存共栄することが一番だと分かったのでしょう。

4万年前にはすでに日本の「和を以て貴しとなす」の精神が生まれていたのかも知れません。

古事記を編纂したときに、稗田阿礼(ひえだあれ)に命じて竹内家の口伝を書き記したことが分かっています。

竹内家は現存しており、今でも口伝で神武天皇より前の日本の歴史を受け継いでいるそうです。

縄文時代の文化水準の高さを考えると、大和朝廷という中央政府が成立していく素性が何かしらあったのは妥当ではないかと思うのです。

行政府があれば文字もあったのではないかとも思います。

やまとことばが存在しています。

そして神代文字も見つかっています。

しかし歴史学界ではなかったことにされています。

先の竹内家の口伝も偽書扱いです。

いい加減、神学論争をやめて、韓国に配慮することをやめて、存在していることの事実を認めて、科学的に分析する手法に変えていったら良いのにね。